ぐるっと廻って、やっぱりBill Evans か・・・

ジャズの歴史100年、どの部分をどう切り取って楽しもうが人それぞれってものだろうが、我が家のオカンの嗜好ベクトルにもどうやら焦点が定まってきたようで、きっと一番好きだろうと思われるピアノトリオについては、50〜60年代以外をあまり聴こうとしない。

とりわけ、ボクがよくかける Eliane Elias やら Renee Rosnes やらといった別嬪さん系は苦手だとおっしゃる。Yamanaka Chihiroなんて別嬪なおかつ若いはもう見向きもしない。思うに、ボクが音出しと同時にアーティストのビジュアル的側面を口にするものだから、それに軽い嫌気がさしているのかもしれない。スピードを伴ったドライブ感、転調や変拍子を伴うようなドラマチックさよりも、ある時期の落ち着いた世界にへたり込んでいたいようなのだ。

読者の皆様には、長らくうちの朝の食卓ジャズ情報をお知らせしていなかったのだが、これが最近、もう何とかの一つ覚えで Bill Evans メインになってしまっておりましてね・・・。Sonny Clark とか Kenny Drew とか Duke Jordan が気ままに混じりはする・・・という程度、しかも「やっぱりEvans!」の結論が自ずと出てくるような意図的にゾンザイな組み合わせ方をしてくれるのだ。昨今、食卓のCDプレーヤーの調子が悪く音飛びが頻繁なのだが、「Evansだけは絶対音が飛ばない!」とか妙にオカルト的な世界にまで突入なさっている。

今朝の一枚も Evans の名盤 "Interplay" これはEvansには珍しいクインテットもので、オカンにとってはそれなりに冒険領域なのだ。改めて耳を傾けると、リズム隊はもちろん、Jim Hall のギターも Fredie Hubbard のトランペットもどちらかというと遠慮気味の音色なのだ。まさにBill Evans を引き立てるために演奏していると言っても言い過ぎにならないだろう。Fredie Hubbard などはわざと Miles っぽくミュートで吹いてみたり、Art Farmer っぽいメローな音色を醸したりしながら、故意に自分の色を希釈、撹乱ようとしているようにも聴こえてしまう。オカンもその様子に満足しているようである。

ボクはたしかにいろんなジャズを聴いてきた。それぞれに独自の味があり、世界が広がっている。縦に堀っても面白い!横に掘っても面白い!そんなジャズの大海原渡航を止めちゃうなんてことは恐らく一生ないだろうと思っている。しかし、朝の陽光を浴びながら、まったりとジャム付きのトーストをかじっている時に、Bill Evans Trio が流れれくると、まさに釈迦の手のひらの上をぐるっと廻って帰ってきたかのような悟りの境地に達するのである。今日はそんな心境を映像にしてみたくて、上掲のような写真加工をしてみたわけ(後は駄文による蛇足でございます・・・)。

ジャズを聴き始めたころ、「一番好きなジャズ・ミュージシャンは誰?」と問われて Bill Evans と答えるのが恥ずかしかった。Cecil Taylor や Archie Shepp などと答えると格好がついたのかもしれないが、さすがに聴きこんでいないアーティストの名を答えて突っ込まれても困るから、無難なところ(恐れおおくもColtrane さまとか・・・)を小声で答えるわけ。モダンジャズ・ファンにはこういう屈折した心理がずっと纏わりついてきた。

おそらく今なら、Bill Evans が一番好き!と声を大にしていえる・・・ちょっと大人になった気分なのだ。ボクにとっては釈迦の手の平の上で云々というよりも、まさに家出少年が半世紀ぶりに自宅に戻ってきたような気恥かしさがあるのだ。オカンにはこの屈折の妙ってものが一切ない。だからこそ屈託なく、あっけらか~んとした顔付きで Jazz が聴いていられるのだろう・・・それが本当のジャズ聴きの素直な作法なのかもしれないな。








木住野佳子Trio -- "You Are So Beautiful"

 「繊細で配慮の行き届いた、フェミニンな表現の中に秘められた力強さを・・・・」なんてクサいコピーが浮かんできそうな、木住野佳子の人気アルバムだ。
一体、「フェミニンな」とか「女性らしい」だとかいうのは何を意味して持ち出される形容詞なのだろう?・・・そんなことを考えながら、ボクは3曲目の "Autumn Leaves" を聴いていた。

テーマが終わる 1:40 あたりから、ざわざわとしたアドリブの殺気が漂い始める。・・・いや、正確には違う!枯葉というつくりあげられた「晩秋のパリ」的イメージを条件反射的に引き出すマジカルな旋律にマスクされて、木住野が最初から握りしめていた「拳」に気付かなかっただけなのだ。予兆の音もキャッチしなければ一曲をちゃんと聴いたとは言えないね。

ボクはふと、昨夜観た映画「あしたのジョー」の一シーンを思い浮かべた。物語のなかで重要な役目を果たす白木葉子が、いきがる矢吹丈に向かってこう言い捨てる。

   「女には女の拳があるのよ・・・」 

レトリックを剥ぎ取ると、女だからといって馬鹿にしないでよ!という文脈なのだが、「拳」はこのストーリーの中で最もよく出てくるキーワードでもある。

”You are so beautiful" というアルバムのテーマは決して「拳」ではない。むしろ正反対に、フェミニンな(依然意味不明・・・)アルバムとしてCDショップの陳列棚に ソー、ビューティフルに並んでいなければならないのだろう。しかし、多少なりと音楽を聴く者は、このアルバムの中のいたる所で、握られた「拳」が、隠し絵のように埋めこまれていることに気付くべきだと思う。

木住野佳子の「拳」に殴られながら、それをヘラヘラと受け入れているボクが、朝の食卓でトーストをかじっている。オカンにはそれが気に食わなかったのだろう。10曲目の "Easy to Love" の最後の盛り上がり直前に、CDプレーヤーのストップボタンを押されてしまった。

まあいい・・・今夜一人の部屋で、また彼女の拳を受けることにしよう。


Kishino Yoshiko Trio -- "You Are So Beautiful",
1999, GRP
  Kishino Yoshiko (pf)
  Mitsuaki Furuno, Daiki Yasukagawa (b)
  Yasushi Ichikawa, Tappi Iwase (ds)






Bill Evans Trio -- "How My Heart Sings!"

どんなものにだって「飽き」は来る。
「飽き」があるからこそ、人は次に進めるのだろう・・・
だけど、日本人にとって、白いご飯は飽きることがない。これは改めて考えると不思議なことだ。
多少の美味い不味いもたしかにはある。しかし、飯に対してだけは不平をいわず、みんな黙々と口に運ぶではないか・・・。まるで「比較」を口にすることが不敬の罪でもあるかのように。

Bill Evans のピアノも同じだ。どの演奏が良かっただの悪かっただの、「比較」を口にすることは音楽の殉職者に対して失礼なのだ。たしかに "Debby" や "Alice" はジャズワルツの名曲(名演)だけれど、いま耳に入ってくる楽曲が、いつも彼の最高の曲になってしまうのだから、それが本当に不思議なのだ。これって「完成された均一性」を意味しているのだろうか。

それにしても・・・・
 How My Heart Sings!・・・こんな綺麗なメロディーはない。

僕は黙々と飯を食う。
・・・ 本当は少し涙目になっていたりするんだな、朝っぱなから。
横ではオカンもただ黙って、飯と味噌汁を交互交互に口に運んでいる。
「これでスタートした一日なんだから、今夜は "Moon Beams" で締めようかな・・・」なんて歯の浮きそうな台詞を思わず口走りそうになったが、そっと引っ込めた。

黙々と聴くがよろし・・・

"How My Heart Sings!”, Riverside, 1962
  Bill Evans (pf)
  Chuck Israels (b)  
  Paul Motian (ds)





Blue Mitchell -- "Blue's Moods"

今朝の一枚は・・・ Blue Mitchell の人気定盤 "Blue's Moods" --- これは誰が何と言おうと、理屈抜きで素晴らしい!
トランペットの音色に派手さはなく、どちらかというと大人しい感じの Blue Mitchell ・・・だからこそ Blue のニックネームなのだとどこかに書いてあったが、本当に聴き易く親しみが持てる。「人懐こい」という形容詞がぴったりかもしれない。

同じテンダー系のトランペットでも Kenny Dorham や Art Farmer は、むしろ夜の部にとっておきたいところだ。一曲目 ”I'll Close My Eyes” 、曲名はあまり朝向きでないけれど、曲調はまさにお目覚めミュージックとして最高、メリハリのよいトランペットの音で、一発で "メガシャキ" になっちゃう。
しばらく聴いていると、横からWynton Kelly のピアノがぐいぐい出てくる。トランペットとピアノがこんなにも個性を主張し合いながらも、お互いを高め合う様は、他の追従を許さない。思わず「ありがとう」と言ってしまう。もちろん、Sam Jones のベース、Roy Brooks の ドラムスも、しっかり全体の曲調を整えながら、ソロ・パートが来ればしっかり自己主張している。これぞジャズってもんだよね。



それにしても、寂しいことに Blue Mitchell のリーダー・アルバムが我が家にはこれ一枚しかない ・・・ 。ブログで取り上げるからには多少とも他のアルバムも聴いておかねばと、さっそく M師匠に頼んで何枚か貸してもらう。

 ”Boss Horn" や "The Thing To Do"といった BLUENOTE 盤も素晴らしいが、個人的には初期の RIVERSIDE のものが気に入った。
個人的な好みではあるが、豪華な2管、3管編成よりも、少しでも彼のトランペットがフロントから聴こえるもの、端的に言えばとワンホーンこそがお似合いなんじゃないかと思う。"Blue's Moods" の一年前にリリースされた "Blue Soul"(右写真)などは、ワン・ホーン・カルテットの演奏が随所にちりばめてあって、そういう意味では、"Blue's Moods" との繋がりで楽しめる。この盤の #2. The Way You Look Tonight、#3. Park Avenue Petite などは特にお勧め。

地味で味のある人は、他の多くの個性派の中に埋め込まないで、敢えて前面に立っていただくのがいいのだろう。もちろん、これは音楽だけの話でもなく・・・。


Blue's Moods, Riverside RLP9336, 1960
  Richard "BLUE" Mitchell (tp)
  Wynton Kelly (pf)
  Sam Jones (b)  
  Roy Brooks (ds)







McCoy Tyner -- "Nights Of Ballads & Blues"


うちのオカンがこのアルバムをCDプレーヤに乗っける時、それは二つのケースのどちらかである。

一つは、ボクが落ち込んでいて、朝イチからジャズでもねえよなぁ・・・てな顔をしてキッチンに顔を出すときだ。オカンは人の気分がどうであろうなんてことを感じるアンテナを、どこかに置き忘れてきたような御人なのだが、さすがにボクの不機嫌についてはその信号を感知するのが速い。「とばっちり」を受けるのはさすがに嫌なのだろう。そしてこの盤で、ボクの心にカンフル注射を打っているような気になっているのかもしれない。

もう一つ・・・それは単にアルバムをセレクトするのが面倒なときだ。
迷ったらコレと決めている風にも見えるが、三日も四日もこの盤が続くことがあるから、ただの「ものぐさ」なのかもしれない。

はてさて・・・今朝はいずれのパタンだったのだろうか?

McCoy Tyner は言わば Coltrane の後継者とも言うべき人物。譲れない彼一流の歌心を残しつつも、スピリチャルで求道的とも言えるアルバムを次々と世に送り出してきたアーティストでもある。
学生時代、ジャズ喫茶へ行くと、"Real McCoy" がよくかかっていたし、"Fly With The Wind" やら "Trident" といった新譜が出るたびに頻繁にリクエストされていたように思う。いまでもそれらを聴くと、当時の興奮が蘇ってくる、いや当時以上にというべきか、心の奥が音楽的緊張に包まれ、金縛りに似た状態に陥る。その極めつけは名盤ブログで紹介した "Echos Of A Friend" だ。こんな名盤はまたとない。
http://blog.t-jazz.com/?eid=42

それほどまで惚れこんでいる McCoy なのだが、ジャズを聴くにも TPO ってものはある。寝ぼけ眼でトーストをかじりながら聴くのは、そういった大仰な大作ではなくて、リラックスして聴ける小品集だろう。McCoy の変わらぬ歌心を傍に置きたいのだ。

実際、ボクはこのアルバムにずいぶん癒されてきた・・・そしてきっとオカンも。
「おいおい、また Ballads & Blues かよ?!」・・・の日々が、これからも繰り返し訪れるのだろうな。


McCoy Tyner Trio, Impuls!, 1963
  McCoy Tyner (pf)
  Steve Davis (b)  
  Lex Humphries(ds)


※蛇足ながら・・・このジャケットどう見てもイケてない!デザイン変えるだけで売上が数倍に伸びたであろうに・・・なんとももったいない話だ。
 「(甥の)○○ちゃんと似てへん?」とオカン。ちゃうちゃう、これが real McCoy なんだって!






Miles Davis --- "Someday My Prince Will Come"

朝方の浅い眠りのヴェールのはるか向こうから、蚊の鳴くようなミュートのトランペットが聴こえてくる。およそあらゆる品格から無縁の、無機質な目覚まし時計のアラーム音で叩き起こされるよりは、ずっとシアワセな朝だと思わなければならない。

パソコンを買った時にオマケでついてきた CREATIVE のミニスピーカーが、我が家の台所のメインオーディオシステムだ。JBLパラゴンで聴くと本当に深い音色に聴こえる Miles のトランペットも、これにかかれば台無しだ。・・・それでも陳腐な情報を繰り返す朝のテレビ番組よりは、はるかにシアワセな舞台装置だと思わなければならない。

 「ひろみちゃんがグラミー賞取ったわよ」
 「ふーん、それで・・何の賞なんだい?」
 「何の賞って?グラミー賞っていえばグラミー賞よ・・・
   ・・・そうそうB'zの松本クンもね」

あのさ・・・新聞ちゃんと読めよって・・・ちゃーんと書いてあるんだからさ。
それともう一つ・・・「松本ク〜ン」って、オマエさんのお友達なのかい?

コーヒーを啜りながら改めて新聞に目を通す。スタンリー・クラークが貰うにはあと一歩審査員の背中を押す何かが必要だったのだろうか・・・などと考えてしまう。上原ひろみが軸で貰った賞でももちろんないのだろうし。「松本ク〜ン」だってラリー・カールトンとの合わせ技?まま、音を聴いたことないのにあらぬ意味付けはやめておこう。

それにしても・・・
偶然というべきか、昨夜、台所のCDデッキには上原ひろみの "Spiral" が入っていたはず。この偶然をネタにしゃべるところから出発するのが会話の流れっていうもんじゃないのかねぇ・・・CD盤入れ換えて、なんでマイルスなんだろう・・・しかも直球、あまりにも直球! このクソ寒い朝に、マイルスの中期黄金クインテット時代の プリンス・カム をかけるセンスはそうとうブッ飛んでるよな。
これも我が家的シアワセの、一つのカタチだと思わなければならないのだろう・・・きっと。

・・・というわけで、今朝の食卓のテーブル風景でございます。
ヤラセなし!これが我が家のありのままの姿。

「ハンク・モブレイのテナーが綺麗やのに、なんでマイクから遠いんやろ?やっぱりマイルスは優等生のコルトレーンの方がかわいくて前に立たせたんやろかねえ?」

実際この録音では、コルトレーンとフィリー・ジョー・ジョーンズは言わばマイルス・クインテットのゲスト役だ。客人を大切にする意味でもハンク・モブレイは一歩後ろに下げられたのだろうと思うけれど、そう言われて聴けば、たしかにそんな風に聴こえたりもする。

二人して昔からよく聴いてきた盤だけれど、ひょっとしたらボクよりもオカンの方がはるかにこの盤に耳を突っ込んでいたのかもしれない・・・
そうそう・・・もう一つ。この盤を出してくるとジャケットの表紙を飾っているフランシス・テイラーのことを言うのがいつものオカンなのだが、今朝は一言も触れなかった。


Miles Davis Quintet + 2, Columbia.1961
Producer :Teo Macero
    Miles Davis (tp)
    Hank Mobley (ts) 
    John Coltrane (ts)   only on track 1,5
    Wynton Kelly (pf)
    Paul Chambers (b)
    Jimmy Cobb (ds)
    Philly Joe Jones (ds)    only on "Blues No.2"






Jackie McLean -- "Swing Swang Swingin'"


ウチのかみさんの話なんぞ誰も聞きたがらないだろうね・・・もちろん、ボクだってあまり書きたいわけじゃない。これまでも呑み屋のカウンターで愚痴のネタにしたことはあっても、自慢のタネに登場させたことなど一度だってない。一言でいえば、KYを絵に描いたような御仁なのだ。ボクがして欲しいことを察知して先回りしてやってくれるような女性でいてくれたら・・・なんて淡い期待をもったこともあった。しかし・・・あれから30年。(ここは綾小路きみまろ風に読むところよん。)

そんな彼女が・・・信じられるかい?・・・最近、毎朝起き抜けに日替わりでジャズのCDをかけてくれるようになった。眠気まなこで台所に降りていくと・・・なんと!熱いコーヒーとジャズのBGMでお迎えしてくれる。
いったいどうなっちまったんだい?
きっと地球最後の日が近付いているに違いない・・・その事をごく一部の科学者と、なぜだかウチのかみさんだけが知っているのだ。彼女の脳の中に奇跡的に残っていたシショウな心持ちが、この末世に至って表層にふわりと浮かび上がってきたに違いない。これは何かの間違いである。そうでなければ奇跡と呼ぶべき現象だ。
祈りなさい・・・。

奇跡はまだ続く・・・・
なんとジャズのアルバムは、ボクの日々の心情を映し出すかのように、ある種の洞察と配慮によって選ばれているようなのだ。昨日は Herbie Hancock の "Speak Like A Child" だった。その前日はペトちゃんの "Both Worlds" 、そしてその前日は Horace Silver の "Song For My Father" だった。そしてさらにその前日は・・・(おっとあまり書くまい!好みがばれて匿名の意味が無くなっちゃう。)
アルバムはその日の気分を温かく容認してくれるものであったり、前日から引き摺ってきたものを「もう忘れなさい」とでも言わんばかりにスパッと剥ぎ取るものであったりする。

Jackie McLean の比較的ありふれた一枚の盤を紹介するのに、これだけ前置きするのか?!という御批判覚悟で書いてきたが、実際、この盤こそが「今朝の一枚」だったのだ。正直なところ、昨日起きたある出来ごとでボクはかなり滅入っていたし、コーヒーを飲んだらもう一度寝床に coming ba〜ck! っていうような気分だったのだが、何だかJackie のアルトの音に身を任せていたら、お腹の底が熱くなってきた。そしてそこからむくむくと元気が立ち昇ってきた。

一曲目は What's New ・・・ おそらくJackie本人も音程が上ずっているのを意識しつつ、それでもブローしまくってくれている。これは腫れぼったい眼をして亡霊のように目覚める後期中年オヤジのために演奏されたに違いない。
「それならそれでいいんだよ!吹いてやっからよ・・・B級人間さん!」ってね。

嗚呼〜救われる!

4曲目の I Remeber You のテーマが流れ出す頃には、ボクは揚々と仕事場に向かって闊歩していた・・・動詞 swing の活用形を繰り返し呟きながらね。
「あのピアノは誰だっけなぁ・・・Wynton Kerry みたいだったけど・・・仕事場についたらすぐに調べてみよう」 ・・・ 歩幅がまた少し広くなった。

BlueNote, 1959
 Jackie McLean (as)
 Walter Bishop Jr (pf)
 Jimmy Garrison (b)
 Art Taylor (ds) 


 




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